大丈夫。は幸村の口癖だった。怪我したって風邪引いてフラフラになったって、大丈夫、は心配しなくていいからって決まってそう言った。その口調はいつだって優しくて次の日には必ず笑って隣にいてくれたから、私はその度に不安な気持ちをかき消してった。 筈だったのに、そう出来ると思ってたのに。幸村の言葉を信じていたかったのに。それなのに私にはわだかまりの様な小さなものが胸の奥底に引っかかっているような気がして仕方が無かった。不安なことなんて何も無い筈なのに。 「幸村、その怪我・・・」 「ああ、ちょっと練習中にね」 「前より酷くなってない?」 「そうかな?でも全然平気。大丈夫だよ」 「絶対大丈夫じゃないじゃん!」 「大丈夫だって」 「無理しないの!ただでさえ幸村は我慢しすぎなんだから・・・」 「フフフ、は心配性だな。俺なら本当に心配しなくて大丈夫だから」 笑っていたのだって本当は大丈夫じゃなかったんだ。 幸村の体は幸村の優しさになんて耐え切れないほど酷使されていたに違いない。それでも幸村は私に笑いかけてくれていた。「大丈夫」なんて幸村本人以外の誰にも分からなかったのに。 「病院?」 『ああ』 「どうして、・・・どうして幸村がそこにいるの?」 『今日、突然倒れてな』 「・・・」 『、大丈夫か?』 「私もまた病院に様子見に行くよ」 『ああそうしてやってくれ。今は眠ってるからな』 突然の電話は真田君からだった。練習中に突然倒れて病院に運ばれ今は安定してるって。その後、私は教えてくれてありがとう、真田君。そう言って電話を切った。 受話器を置く手は少し震えていたけど、私は取り乱したりしなかった。・・・きっとそれはいつかこうなる日が来るんじゃないかと頭のどこかで予想していたからだと思う。 「」 幸村が入院して3日目くらい経ってから私は幸村の病室を訪れた。ドアを開けると病室のベッドで体を起こして私に手を振る幸村はやっぱり笑っていた。 私は抱えていた花束をぎゅっと握り締め病室に足を踏み入れた。病室だからこそ、幸村の顔が、笑い方が、何もかもが儚そうなそんな感じに見せるんだ。来客用に用意された1脚の椅子に腰を掛け幸村と向き合った。 「・・・手術受けるんだってね」 「まぁね」 「何だか凄い重い病気みたいじゃない?」 「大丈夫だよ。すぐに戻る」 「、幸村」 「何?」 「・・・大丈夫なんて言わないで」 「?」 「幸村のその言葉は私を不安にさせるから」 そう言い放った後、幸村はまだ笑っていた。それはいつも見せる優しそうなものじゃなくて、寂しそうに見えるその表情こそ儚さを感じさせるような笑い方だった。お願いだから大丈夫だなんて軽く口にしないで。その言葉を聴くたびに私は不安になって仕方ないから。 幸村の手が頭に触れて、それでも大丈夫、大丈夫と私を諭す為の、効果の切れてしまった大丈夫の呪文の言葉を繰り返す幸村を見つめるのが酷く辛くて俯いてしまった。 私より幸村の方が辛いのになんで自分の方が辛いだなんて思ってしまうんだろう。大丈夫って言葉は幸村のSOSだったかも知れないのに、気付けなかった。幸村は本当は誰より大丈夫なんかじゃなかったのに。 病室で声も無く落とされた涙は、抱きしめられた花束に静かに吸い込まれていった。 (06/6/23) |