ポツポツと降り始めた雨に気付いたのは5時間目の授業中。降り出した雨に「えー傘持ってないよ!」と女の子の声や「雨降ったら部活ねぇじゃん!」と喜ぶ野球部の男の子の声が上がって、静かに進められていたはずの日本の歴史についての社会の授業は一気に騒がしくなり、年老いた先生は小さく溜息を吐いた。 先生の「静かに」の声にあわせて、数分後には溜息交じりの声や歓喜の声もだんだん静かになって授業に静かさが戻った。雨が降ると鬱陶しいと誰もが言うけれど私は嫌いじゃない。お気に入りの傘が使えるとか小学校の低学年生染みたそんな理由もあるけれど、雨上がりに稀に見れる虹だとか水溜りに写る太陽だとかそういった晴れた日に気付く景色が楽しみでしかたない。弾んだ気持ちで窓の外を見ていると、隣から飛んできた声に驚く。

「楽しそうだな。雨なのに変わった奴だ」
「あんたに言われたくない」
「失礼な奴だ」
「どういたしまして」

いつも私に憎まれ口を叩くのは隣の席のテニス部・柳蓮二。3年も同じクラスなら必然と仲良くなる定義で私はその定義に乗っ取った先駆者であり、 1年の頃の“仲良くするため、皆に優しく接する”という感情はとっくに消え、今では憎まれ口など当たり前になってしまった。

「柳は雨嫌い?」
「好きか嫌いかで言われれば好きな部類だがな」
「なら人のこと言えないじゃない」
「お気に入りの傘が使えると考えているお前とは理由が違う」
「失礼な(そのとおりだけど)・・・どんな理由?」
「それはだな」
「蓮二」

柳が答えようとした瞬間、隣のクラスから真田君がやって来て柳は真田君の下へ行った。いつの間にか授業も終わってて、柳は部活のことで何やら話し込んでいるようなので私もそろそろ帰ろうと鞄を掴んで、柳たちの居る前のドアに手を振り、後ろのドアから出た。 雨はさっきにもまして強く降っていて、雷鳴ったりしないかな?と思いながら廊下の窓の外を見ていた。水溜りが運動場を覆い、何処に行っても水が撥ねそうで、静かに歩かないとすぐにドロドロになりそうなぐらいだった。早く帰ろうと、昇降口を出て傘を差そうとしたとき後ろから声をかけられた。


「あれ、柳?」
「お前、傘を持ってるか?今日は生憎傘を持ち合わせて無くてな」
「珍しいね、うん。で?」
「入れてくれないか?」
「は?」
「入れてくれないのか?薄情な奴だな」
「そんなこと言ってないけど・・・あ、真田君が居るじゃない!真田君は?」
「弦一郎はまだ用事で帰らないそうだ」
「・・・じゃあ仕方ないね」
「すまない」

そういうと柳は私の手から傘を取って「お前の身長の低さでは俺の頭には届かないからな」と言って、女の子らしい可愛いピンクの色の傘ではない、私の紺色の傘(でもお気に入り)を広げた。 柳は私の顔を見て「やはりお前はピンクの色の傘を持っていないな」と笑った。「う、うるさいよ!」と言って歩き出しながら、こんなの相合傘じゃないと勝手に一人走りする心音を落ち着けようとした。 柳と帰ることは別に初めてでも何でもないのに、今日はなんとなく恥ずかしい。相合傘(じゃないけど、多分)を周りの人に見られることが初めての所為かどうか分からないけど、ここはなんとか話題を切り出して、緊張感から解かれるように仕向けることにした。

「そ、そういえば柳の雨の好きな理由ってなんなの?」
「なんだまだその話をしていたのか」
「だって気になってたんだもん・・・ね、教えて?」
「それはだな」

急に視界が暗くなって私の唇に柳の唇が降ってきて私は思わず立ち止まった。

「雨が好きなのはお前が楽しそうに笑うからだ」

強くなる雨音に私の心音も同じように強く早くなっていった。



雨色スマイル



(06/10/11)