見上げた空はもう真っ暗だった。星もそれほど沢山見えていなくて、月明かりも薄っすらで。 私は、家から程よい距離にある公園のベンチに座って、明日は雨かもしれないなぁとぼんやり思っていた。 「って!」 「・・・もっと女らしい声あげられねぇのかよ」 急に頭を叩かれた反動で身体が前に揺れた。思いのほか勢いのあったものだったので思わず上げてしまった声に、叩いた本人は笑っていた。 「遅い。呼び出されたら5分以内に来なきゃ駄目じゃん」 「来てやっただけでもありがたいと思えよ」 「はいはい、アリガトウゴザイマス」 若干息のあがっている宍戸は多分走ってきたんだと思う。宍戸の家からこの公園までは軽く15分はかかるところを宍戸は半分の8分で来た。 さすが部活の努力の賜物、関心関心。お前の訳わかんねぇ電話さえなけりゃ今頃ゆっくり部屋で寝てたのによ。 と、ぶつくさ文句を言いながら宍戸は私の隣に腰をかける。電話の向こうで“いつもの公園でずっと待ってるから”って言われたら誰だって行くっつーの。 ありゃ脅迫だぜ、一種の。そう言いながら私の額を軽く小突いた。地味に痛かった。 「お前、海外の音楽学校に編入すんだろ?しかも特待生で」 「あ、やっぱりもう知ってた?」 「あれだけ堂々と張り紙してりゃ嫌でも気付くだろ」 特に氷帝学園では珍しくないことなのだけど、先日行われたピアノコンクールの全国大会で2位という、自分でも予想外に良い成績を収めた。その結果、審査員の一人であった海外の音楽学校の先生に入学を招待された。 ピアニストになるのは小さい頃の夢だったからその時のその招待には手放しで喜んだし、榊先生に報告したら「良くやった」と褒めてもらえたのは素直に嬉しかった。 「で、とりあえず明日の日曜に日本発つことになったの」 「えらい急だな」 「卒業までいれるのかと思ってたけど、1日でも早いほうがいいってことで」 「にしても、海外って遠いよな」 「宍戸ん家から何十時間も何日もかかるような所だからね」 「一人でやっていけんのかよ?」 「寂しくなったらテレビ電話でもメールでもなんでもあるから大丈夫」 でもなら毎日しそうだから国際電話料金でおじさんもおばさんも頭痛いな。なんて軽く言うからちょっと本気で考えてしまった。 別に宍戸を呼びつけたのはそんな事を言われるつもりじゃなくて、渡したいものがあったからなんだけどな。 そうして本来の目的を思い出して、ゴソゴソと鞄の中から透明の箱に入った銀色のメダルを宍戸の手に押し付けた。 「なんだよ、コレ」 「この間取ったコンクールの銀メダル。宍戸が持っててよ」 「何で俺が」 「約束。次は世界大会とかで絶対金とって帰ってくるから」 「ハッ、何年先の約束か分かんねぇな」 「だからさ、絶対捨てないで持っててよね」 本当に急すぎる話で、碌にみんなにお別れさえ言えてないのに突然の別れに不安が大きくなるばかりだった。 明日、日本を発つ私の環境はガラリと変わってしまい、氷帝の友達のいない場所で、知らない人と関わっていくうちに、季節と共に変わっていくだろう。自分の中から当たり前だった情景は薄れて行く。 一人ぼっちの自分の心の思いだけなら、いとも簡単に折れてしまいそうな目標だって、誰かに、宍戸に託しておけば私は絶対頑張れるんだなんて思うなんて単純すぎて笑える。 たとえそれが私にとってずっと絶対の支えになってても、宍戸にとっては少しずつ塗り変わる思い出になったって、このメダルだけは宍戸が捨てない限り絶対宍戸の手元に、記憶に残るから。 「捨てるかよ。が俺の前で泣いたのなんか初めてだからな」 ぐいっと私の頭を自分の肩に凭れかけさせた。我慢してた涙が私の頬を伝って、ポタポタと宍戸の膝に落ちていく。 私の頭を撫でる宍戸の手はいつもじゃ考えられないくらい優しくて、言葉が出なくて嗚咽交じりに少し泣いた。頑張ってくるから。そう小さく呟いた言葉に、お前ならやれるから、俺にちゃんと連絡よこせよな。なんて、らしくない優しい言葉を吐いたから泣きながら笑ってしまった。 きらきら光る (08/04/05) |