指 先 か ら 眩 暈 携帯をそろそろ買い替えよう。そう思いはじめて1年になる。今の携帯はもうすぐ4年目を迎え、恥ずかしながら最近の赤外線機能やデコレーションメール機能などは一切ついておらず、友達からのデコメとやらはすべて画像添付の形で送られてくる始末だ。完全に世間に置いて行かれているまま大学生からOLに変わってしまった。挙句の果てには、バイブ機能がおかしくなって変な音を立てた震え方をするなど、そろそろ本気でヤバイ。周りからは、いい加減いつ変えるの?と言われるものの、これと言って欲しいタイプの携帯も見当たらないのだから変えようがない。そう思いながらもブラブラと近所のショッピングモール内の携帯ショップを見て回るのが最近の休日の過ごし方。 「よっ、」 「え?」 「今日こそ買い変えるのか?」 「え、あれ?なんで、私の名前・・・?」 人懐っこい笑みを浮かべながら(しかもタメ口で)近付いて来たのは、私が現在契約している今の携帯会社の販売員の男性。名前を呼ばれたのでてっきり知り合いかと思っていたら、私の知らない人で、でも不思議なことに彼は私を知っているようだった。接客力はいい方なのだろうが(タメ口を除いた積極性から言えば)、こちらとしては、いきなり知らない人に名前を呼ばれたことで不信感いっぱいなんだけれども。販売員の彼の胸元の名札には“切原赤也”と書いてある。・・・駄目だ、思い出せない。 「あ、もしかして俺のこと忘れた?」 「・・・すいません」 「一緒のゼミだったんだけど覚えてないか、やっぱり」 「え、ゼミ?」 「いいけどさ。それ、大学の頃から持ってるやつだろ?」 「なんでそんなこと・・・」 「そんな旧機種、今はもう販売してないからな」 彼は私の持っている携帯を指さして笑った。同じゼミだったということは同じ大学・・・のはず。よくよく見てみればなんとなく見たことあるような、そうでないような気がする。私の友好関係はそれほど広くないので、彼の話によると、私が大学に居た時に、友達にやたらめったら携帯を買い替えろって言われていたのを偶然耳にしたらしい。(多分相当騒いでいたのを見られていたに違いないけど)最新の機種売る(会社に入社する予定)の俺からしたらそういうの見過ごせないじゃん?その頃の彼は携帯会社の就職内定もらっていたようで、なんとなく気になって様子を見ていたらしい。そもそも今日まで、私は彼が同じゼミにいたことも、携帯会社に入社していたことも、ましてや私のことを知ってるだなんてこと知るはずもなかったわけなので、熱弁を振られたところで、はぁとしか言いようがない。 「というわけで、俺がの携帯を選んでやるよ」 な。と、彼は私の手を引いて、店内の自社コーナーへと連れていく。どんな色がいいか、どんな機能重視するのか、携帯1種類1種類について丁寧に説明してくれた。それは、普段ぶらりとただ眺めている時より、ずっと楽しかった。なんでだろう。何がそんなに楽しいのか分からないけど、彼は終始笑顔で説明を続ける。営業スマイルにしてはサービスが良すぎるくらい、彼は笑顔だった。そんな彼を見ていると、今日変えてしまってもいいんじゃないかと思えた。うん、今日が潮時だろう。と、手に握る携帯を見つめる。そして、私は彼が一番オススメする機種の、白色に決めた。手続きを済ませ、彼が新しい携帯を運んできてくれた。 「いろいろ手伝ってくれてありがとう」 「こちらこそ機種変更ありがとうな」 「最後の最後までタメ口だね。接客向いてないんじゃない?」 「あ、やべっ。お買い上げありがとうございマシタ」 急に敬語に改める彼の様子はとてもおかしくて笑うと、笑うなよ、と彼は拗ねたように呟いた。私は彼から携帯の入った袋を受け取ると、彼は、でさ、と言葉を紡いだ。 「設定ついでにサービスで俺の番号とメールアドレス入れといたから」 「うん・・・って、え?」 「俺の選んだ機種に変更してもらったんでお礼に飯でもどうかと」 「お礼って別に・・・サービス良過ぎだよ」 「・・・って言うのは口実で。と仲良くなれたら、欲を言えばそれ以上になれたらって」 「え?」 「実を言うと大学時代から携帯以外でも結構気になってて、忘れられなかったんだよ」 照れくさそうに彼は笑った。切原くん、ちょっとー。別の社員さんから声を掛けられて、はーいと返事をした彼は、連絡して来いよ、待ってるから。そう言って次の仕事へと向かって行った。彼の背を見つめる私の手の中に残るのは。 (09/08/16) |