「両手を広げていたらいつか飛べるかもしれないんだよ。両手には無限の可能性が広がっているんだ」 去年、クラスで出会ったばかりのは友達にそういって笑っていた。窓の外の鳥を見ながら。春は変わった奴が出ると言うが正にその通り。変な奴と同じクラスになってしまったと後悔して、あー今日は誰と帰るんだったか忘れたと携帯のメモリーを見始めた。どうせ見ても会うまで顔が思い出せないだろうなと思い携帯を閉じた。の声に驚きのあまりに飛び立った鳥は小さな羽を一生懸命に羽ばたかせ、見えなくなってしまった。その様子を憧れのように見つめ、夢を見るのはもう卒業したと思われる年齢に達していながらも幼い子供のように自信と希望に満ちたの笑顔にいつの間にか捕らわれていた。 両 手 を 広 げ て 秘密の合鍵で固く閉ざされていた扉を開き、開いたドアの先、屋上から見上げた空は晴天だった。2・3日前の雨のじめじめとした湿気が少し残っているものの、太陽はからりと乾いた視線を地上へ送り続けていた。大きかった水溜りもだんだんと小さくなり、明日にはきっと跡すらないだろう。 自分の足元の傍でぱちゃりと音を立てて弾かれた小さな水溜りの先にはフェンスに向かって走り出していた。自分にとっては何一つ珍しくない屋上だ。ここにを連れて来たのは初めてで、は、うわーと声を上げ、風に長い髪を靡かせていた。そしてフェンスの傍にある1段高くなった段差に立ち両手を広げ、息を吸った。 「I can fly!」 「だから無理じゃて」 が大きく吐き出した言葉に反応する、と不機嫌な顔をしてくるりと自分の方に振り返る。 「無理じゃないかもしれないじゃない」 「おまん、そっから飛び降りるつもりか?止めんがのう」 「雅治には夢が無い!」 「そりゃすまんのう」 「彼女の夢をぶち壊して楽しいわけ?」 「だからすまんて」 クックと笑うと、もういい、雅治はそんな人だったよと諦めの言葉を吐いて、高い段差からトンと飛び降りて此方へ歩いてくる。パタパタと踵を踏み潰した上履きを鳴らし、踏まれた踵は痛々しそうに醜く潰れていた。いつの間にか平仮名で書かれていた上履きのの名前はもう無いに等しかった。いい加減履き替えたらどうじゃ?と何度言っても、いいの履きやすいからと吐き捨てられた。でもその愛用の上履きはもう限界じゃ。は隣に腰を下ろし、スカートに皺を付けないように丁寧に座った。そのスカートを気遣う分を上履きにもやって欲しいと思ったが、口には出さないでおいた。今日も空が青くていいねー、あ、鳥だ!なんて繰り返しの日常に、そんな他愛ないことに喜びを持つのはお前くらいだと思いながらを見つめる。 「空飛ぶってどんな気持ちなんだろうー?」 「飛んでるやつにしか分からん」 「私も飛びたいなぁ・・・」 「 が飛べたら飛べたで困るがのう」 「何で?」 「飛び立たれたら捕まえるのが大変じゃ」 「だって行けるならどこまでも遠くに行きたいでしょ?」 「だから無理じゃて」 「ほらまた夢を壊すー!」 「行けたとしても行かせんよ」 「何で?」 不思議そうに自分を見つめる春希をぎゅっと抱きしめる。知らない場所へ飛び立たれて知らない誰かの前で笑ったり、戻ってきて自分の知らないその誰かの話をされて春希が笑うのなんて御免だ。 それが束縛だと分かっている。でも初めてそうしたいと思った女だからこそ。 「は俺の傍に居ったら良か」 自分の直ぐ傍で、手の届くところで、直ぐに抱きしめられる所で。繋ぎ止めておきたいのは、彼女の何もかも。 (06/06/04) |