世の乙女が夏になると生き急ぐかのように恋をしたがる

蝉が一週間の間、ずっと命を削って鳴いているのに似ていると思う

期末テストも終わり、夏休みの匂いや雰囲気が肌で感じられる

早めに出た英語のテキストを閉じると私は窓の外をボーっと眺めた

野球部の金属バットの音、サッカー部のホイッスルに揃う部員の声


そして


テニス部のインパクト音や大好きな人の声がする











 ココロノスキマ










 「何であんなに元気やねん…」



ザッと吹き荒れた風が私の短めの前髪に悪戯をした

ジトッと汗をかいているデコルテ部分は風によって急激に冷やされ、一瞬鳥肌が立った

図書室には何人か生徒がいたが、私の呟きは風に掻き消され誰も拾う者は居なかった

目の前に居る地獄耳の友人以外は…



 「何や、テニスに嫉妬ですかサン」

 
 「ちゃうわ、うるさいだけや」


 「ふ〜ん、まぁそういう事にしといたる」


 「なんでやねん」



チラッと私に視線を向けたかと思うと、すぐに英語のテキストに視線を落とし

忙しなく英和辞書をペラペラと捲り始める…その口元には笑みが見えるのは目の錯覚じゃない




 「なぁ、自分は謙也に…っていうか、テニスに嫉妬とかせんの?」


 「………」



窓の外を見るふりをしながら、友人の反応をチラッと横目で見ると

案の定、意味不明な生き物を見るかのように眉間にシワを寄せた友人の顔があった



 「あぁ、もう、さっきの事は聞かんかったことに」


 「できんわ…何やの、考え事か思とったら、そんな事で悩んでたん?」



真っ赤、やと思う自分の顔を見られたくなくて手で顔を覆うと

目の前の友は盛大にため息を吐いたかと思うと机と一体化していた体を仰け反り

足を組むと、ついでのように腕も組み、完全に呆れた顔をした



 「なんや、結構甲斐性ナイねんなー白石」


 「甲斐性って…」


 「女一人も幸せに出来んで部長がよぉ務まるなぁ」


 「部長は関係ナイと思うけど」


 「そんな甲斐性ナシにをやったわけちゃうで、白石」
 



眉間に最大にシワを作ると図書室のドアを睨み付けた

その視線の先を目で追うとお手上げと言わんばかりの蔵ノ介




 「え、な、何で居るん?部活は?」


 「休憩や」


 「ほんならウチもテニス部に顔出そっかなぁ、んじゃ後は若い2人で」




広げていた辞書やノートをテキパキと鞄に突っ込むと私に笑みを浮かべ



 「白石、泣かせたら道頓堀に葬るからな」



蔵ノ介には胸倉を掴むというサービス付きでメンチをきって爽やかに去っていった

睨まれた本人は然程気にしてないらしく、シワになったシャツを軽く叩いている



  「おー怖、謙也もあんなんのドコがエエねん」

 


それを何気なしに見ていると不意に蔵ノ介と視線がかち合ってしまった

何も示さない顔色は次第に焦りと不安となって私の胸へ大きなシミをつくっていく
 
いつだってそうだ、人の事焦らせといて、駒みたいに遊んで、別れようと思うと気を惹かせる



 「で?は今日も一人焦燥感に駆り立てられてたん?」


 「ちゃうわ、自惚れんな」


 「泣きそうな顔して、説得力あらへんで」



腹が立ったから、目の前の蔵ノ介の肩を思いっきり叩いてみたけど

あんまり本人的にはダメージはないらしく、素知らぬ顔をされるだけだった




 「で、実際はどうなん?苦しかった?」


 「…当たり前やろ…」



ポツリと呟いた一言だったけど、蔵ノ介にはちゃんと聞こえたみたいで

満足そうな顔をすると風に悪戯されっぱなしだった前髪を手櫛で整えてくれると

そのまま頭をグイッと寄せられ、額を蔵ノ介の胸にくっ付ける格好になってしまった

鼻の奥がツンとした、心臓が激しく動き始めた、目の前の世界が滲み始めた

心の隙間がドンドンと埋まっていって、やっと、ちゃんと呼吸が出来た気がした





 「不安になればエエ、焦ればエエ、そうやって俺の事だけ考えとけばエエねん」


 「自己中、俺様、サイテー…アホ、好きや」


 「何とでも言えばエエ、お前が俺だけ見てくれるなら何だってなったるわ」


 「クサッ」




2人してプッと吹き出すと、ここが図書室だって事も忘れて笑い転げた

幸い図書室にはそんな2人を咎める人達も居らず、謙也と友人が




 「お前等何してんねん」



と迎えにくるまで、引っ付いては離れたりをずっと繰り返してたように思う

心の隙間が埋まった瞬間、人は何も考えられなくなって、何も覚えていられなくなる








20060625







後書き


遅くなってゴメンなさい、クララが変態でゴメンなさい、日本語変でゴメンなさい

むしろ生きててゴメンなさい、でも楽しかったです、ありがとう


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