足元には数え切れないくらい此処に魂のない者たちの抜け殻が転がっていて、それがまるで石ころであるかのようにただ沢山あった。 ああ、いつかはこうなるんだと思ってもそれは自分で決めることじゃない。死ぬことも生きることもただ自分と対峙する相手の決めること。 自分が相手より弱けりゃ地面に抜け殻のように横たわるし、自分が相手より強けりゃ相手が地面に横たわるだけのことだった。

「うわぁ気持ち悪いよ、ドロドロで赤黒くて」
「こうでもしねぇとしかたねぇんだよ」
「そんな汚いもの持って帰ってどうするの?」

「分かってる、ごめん」

俺は幸村の手伝いをしてるんだ、って(何回も聞いたけど)死んだ武将の首を持って帰ったところで幸村君は武蔵を褒め称えて自分の手柄にはしようなんて絶対しない。 しないと分かってても武蔵は押し付けて去ろうとするんだから馬鹿みたいだ。大層な勲功だって貰えるし、名誉だって与えられるし、死んだ武将の首一つで自分の地位や環境が一転して変わってしまうものだって、私もそれがどれほど大事なものかってことぐらいよく知っている。 結局、刀を振って相手の首を取らないと生きていけない世の中なんだってことだって、十分頭では理解できている。

「何してんだ?」
「私ももうすぐこうなりそうだなぁと思って」
「まだ早えぇよ」
「武蔵は強いもん。だって私は守ってもらうばっかり」

しゃがみこんで動かない躯に触れれば武蔵は止める。ぐいっと手の甲で自分の頬の血を拭っても、頬にべっとりと血が付くばかりでもう何処から血が流れてどれが張り付いた血なのか分からないくらい真っ赤だ。 痛みさえも麻痺しきったみたいにじんじんと一定の波が押し寄せてくるだけでそれ以上の痛みは感じられない。 刀を振って向かってきた相手を見ると、生かそうなんて気持ちは一瞬のうちに消え失せてしまうくせに、切り裂いた後の赤い自分を見ては後悔して血と涙が混じった赤い液体を頬に這わす。 後悔したくないのに、するはずもないのに。足元の屍に囲まれて、いつかこうなるのだと自分に言い聞かせては、生にしがみ付かせることを繰り返している。

「天下は徳川のものなのに私達はなんで逆らってまでこんなことをしてるんだろうねぇ」
「なんでって、徳川の天下よりいい天下があるかもしれねぇって思ってる奴らがいるんだからよ」
「なら天下に何も感じない私に刀を振るう意味はあるのかな」
「それでも生きるしかねぇだろ、守りてぇもん守る為に」
「私は・・・武蔵を守るの?」
「違うだろ、俺がお前を守るんだよ。俺にはそんなもんいらねぇよ、無双だからな」

武蔵は溜息混じりにドロドロの首を掴んでいないほうの手で私を起こし、屍を刀で避けながら道をつくり進み始めた。屍は無残に積み上がっていく。

の死ぬ時は、俺と所帯持って老衰してからだよ」

武蔵はまだ屍を避ける作業をしていてムードも何も無いけど、武蔵だって私だって守るものを守る為にきっと同じことを何度だって繰り返し続けるんだと思う。 懺悔も後悔も、起き上がれないほどの苦痛にも耐えて誰かを、誰かの生を支えて。その時にたくさんの人の血が流れたって、足元の屍が増えたって、大事な誰かが死んだって。 それでも誰かを支えたいと思っていたい。誰かを必要として誰かに必要とされていたい。

「そうだね、未来の旦那様」

そのうち涙を流すことも笑う理由も忘れてしまったり、後悔も懺悔も麻痺しきった痛みすら感じなくなって、 守りたいものに刃を向けるようになったその時は、どうか武蔵が私の命を奪い去って葬ってくれればいいのに。



血飾って葬って


(06/08/08)