「三成もいい年だからそろそろ妻を娶ればいいのにね。そう思わない?」
「そのような話を私に振られましても・・・」
「用意した縁談ぜーんぶ無視だよ、無・視!」
「三成様にも選ぶご権利はおありですから」
「そうなんだけどね。あーあが三成に娶られたいいのに」

と、いった話の流れに私は有り得ないとばかり、それは無いですとはっきり言い切ってみせた。私と三成様が・・・だなんて考えたこともない。 夢のまた夢の夢のまた夢ぐらいのものだ。だって私とあの人とでは地位も何もかもが違いすぎる。でもねね様は直ぐに目を細めて笑った。

「やっぱりは三成に似てるね」
「三成様と・・・ですか」
「2人も素直じゃないところとか。も三成が好きなら好きって言えば良いのに」
「何を勘違いされてるんですか?」
「意地張ってても可愛くないよ?」
「意地など張る意味も御座いません」
「やーあんた強情な娘だねぇ」

と、ねね様が音を上げてその話は終わった。今回はねね様の勝手に飛躍しすぎた話の所為で私がまたしても反抗してしまったからだけれども、言ってもそれは毎回のこと。 ねね様と話すのは楽しく張り合いがあると言うか(気を使わなくていいと言うか)とにかく話しやすいと言うことだ。 でもここ最近の話の内容の8割は三成様の話でそれがどうしてなのかかはいまいち理解しがたい。 秀吉様の話を聞かないのが心配になる程によく三成様の名前が出される。 似たもの同士でお似合いだから心配ないんだけどね。ねね様が呟いた言葉を聞かなかったフリをして襖を閉めて廊下に出た。 あの方は言い出したらとことんやりたがる人だから止めても無駄なのは知っていたので逃げるのが1番だと学習していた。 冬はとっくに過ぎて春がもうやって来ているのに、廊下は少し冷えていて思わずくしゅんと小さくくしゃみが出た。

「・・・、か?」
「はい?」

それが幸か不幸か偶々隣を通った三成様に聞かれてしまい呼び止められてしまった。 隣に居た左近様はにんまりとした笑顔を浮かべて、では殿、先に行っております。と、去ろうとして、去り際に私の顔をじっと見てまた一層笑みを深めて行ってしまった。 一体何だこの城の人たちは。取り残された私と三成様は少しの沈黙の後、三成様が先に口を開いた。

「風邪でもひいたのか?」
「いえ、大丈夫です」

「何で御座いましょうか」
「そのままだと風邪をひくかもしれぬ。これを羽織っていろ」

投げられたのは三成様の羽織物。渡されたところで私は素直に有難う御座いますとは言えなくて、私が間違って気を持ってしまったら如何したらいいのかの方が心配になって三成様に返した。

「三成様が風邪を召されるほうが一大事です」
「人の好意は素直に受け取るものだ」
「生憎そういった人間ではないので」
「相変わらず素直ではないな」
「ねね様にもよく言われます」

では、急いでおりますので。過ぎ去ろうとすると、腕を掴まれ引き戻された。腕を掴まれたまま三成様と目が合うと、私の頭の上に羽織物を掛けた。 三成様の匂いとか優しさが全部入った羽織物は私には重過ぎる。そう感じるのは、きっと、何かの間違いだ。間違った感情だ。好きだなんてそんなことあってはいけない。 こんなものはただの、ありふれた光景の一部。こんな素晴らしい羽織物を侍女に掛けるくらいの優しい主君である。 この人はきっと素敵な奥方を娶るんだ。そしてだれもが羨む様な夫婦仲を築くのだ。織田信長様とお濃様のように、市様と浅井長政様のように。 期待してはいけない。そう分かっていても涙が出そうになる。たったそれだけの行動でも私の心を締め付けるのに十分過ぎて、切ない。 冷たいように見られるかもしれないけれど、本当は、優しい人なのだ。だから、この人のことを理解してくれる姫君様はきっとすぐに見つかる。 考えれば考えるほど、好きなのだと知れば知るほど。私が声に出して泣き出しそうなのを察したのか三成様は私の頭を優しく撫でた。

「ちゃんと羽織っておけ。お前に風邪をひかれてねね様が私の所へ来て騒がしくされるのは敵わぬ」
「・・・三成様が風邪を召されたら誰かが付きっ切りで看病しなくてはならないほど重大でございます」
「それはお前がしてくれるのなら私はそれで構わぬ。むしろそうなったほうが有り難いと言うべきだな」
「あ、有難い・・・ですか?」
「お前とゆっくり話すことが出来るというのは滅多に無いことだからな」
「それはまぁ・・・そうですが、それは何か違うような気もいたします」
「お前に知ってもらいたいことや知りたいことは山のようにあるからな」
「私がお教え出来るような話などないように思いますが?」
「あるのだよ、山程にな」

素直じゃないのは照れ隠しだってことは前々から知っていた。なのに柄にもなく女の人を口説くような台詞を口にされたので思わず笑ってしまうと三成様は何が可笑しいのかとフッと笑った。 お一人でお寂しいのなら早く奥方様を娶れば良いではないですか?ねね様からの縁談を断られているそうですね。 そう私が言うと、私の顔を見て微笑んでいた三成様の表情が急に変わった。・・・何かまずいことを言ったのだろうか。

「・・・やはりねね様は当てにならんな」
「?」
「時期的にも丁度いいと思ったんだが、お前の様子を見るとまだ早かったか」
「早いって・・・何のことでしょうか?」
「伝えられていないんだろう?お前と私の縁談の話を」
「私と三成様の・・・・・・ええええ!何処でそんなお話が!!?」
「私からねね様へお前に伝えて欲しいと申し出ていたのだが、やはり伝わってなかったか」
「伝わってるとかそれ以前に、何故、私と三成様との間に縁談なんてことが起きてるんですか!?」
「私がお前を娶りたいと思ったからだ」

ねね様に伝えたのはもう随分前々なのだが、お前の気持ちを聞くから待って欲しいと言われていた。と三成様は言った。あぁだからねね様は最近三成様の話ばっかりしてたんだと納得できたけど、それより。どういう話の流れで、どういう状況でそんな話になったのか。まずそこから話してもらわないと。っていうか、なにこれ。こんな状況なにこれ。え、ちょっとまて。ちょっとまて。本気で待って。

「・・・・頭が回りません」
「もちろん受けてくれるのだろうな?」
「もしこれが夢だったら如何してくれるんですか」
「何を馬鹿なことを」

三成様は私を抱きしめた。あまりにもきつく抱きしめるので、痛いです。と言うと、ならば夢じゃないのだろう。となんとも曖昧に意地悪く答えられた。 その痛さすら心地よいと思うのはもしかしたらこれは本当に夢じゃないのかもしれない。

「私は一刻も早くお前と一緒に居たい。私の元へ来い、




春の足音