西日が目に眩しい帰り道。オレンジ色が道を照らし、ランドセルを背負った小学生が家に向かって駆けていく。真っ直ぐ帰ったところで暇だし、何か新しいものでも発売してないかなと、帰り道にあるCDショップにぶらりと立ち寄ってみた。お店に入ってすぐに目に飛び込んで来たのは鮮やかな赤い髪。うわっ。びっくりして1歩後退りすると、振り返ったその顔は良く見知った人物だった。 「あれ、じゃん!久しぶり」 「ま、丸井?もう驚かせないでよ!」 「そんなのお前の勝手だろぃ。それより元気してんのか?」 「見たらわかるじゃん」 相変わらずだな、お前。笑うと赤い髪が揺れた。立海大付属の高等部の制服を身に纏った丸井はなんだか不思議な感じがする。新鮮味があるというか、慣れない気分だった。まだ中学生気分でいるのかな、私。現に自分だって、立海の高等部の制服ではない、市立高校の制服を身に纏っているのに。 「いやほんと久しぶりだな」 「そりゃ卒業式以来だから半年ぶりくらいだもんね」 「成績足りなくて上がれないからって外部受験するとかでよく受かったな、お前」 「それ全然違うから。あんたよりずっと成績良かったし、外部受験は家の事情だっつーの」 「そういうことにしといてやるよ」 「そういうことも何も全部事実だからね?」 「それよりさ、、時間ある?そこのファミレス寄ってかね?」 「それよりって・・・人の話をちゃんと聞きな丸井。まぁ、つき合ってやってもいいけどさ」 「実はちょっと待ち合わせまで時間あってさ、見っけれてちょうど良かった。付き合わせて悪ぃな」 「それ絶っ対悪いとか思ってないでしょ?」 「あ、バレた?だって相手にそんなもん思うほうがおかしいだろぃ?どうせお前暇なんだし」 「あんた、人をなんだと思ってんの?」 まぁ俺が奢るし好きなもん飲めよ。こういう時調子がいいのは昔からだったな、丸井は。そう思いながら、ファミレスに入ってメニューを広げると、丸井の指すメニューの位置には“ドリンクバー”と書いてあった。これでいいだろぃ?はいはい、丸井はそんな奴だったよね。そういうと納得したように笑って、店員にドリンクバーを2つ頼んだ。ドリンクバーといえば、私と丸井には面白い共通の思い出があって、いつかの部活帰りだったか、死ぬほど甘いもの好きの丸井が、自分の隣で平然とブラックコーヒーを飲む仁王を見て、興味本位で飲んで咳きこんだ。俺がそんな苦ェもん飲む日なんて一生来ねぇからな!と、喚き散らす姿を傍から私と仁王と赤也は笑って眺めていた。あの日の出来事は今でも鮮明に思い出せる。 「でさ、俺コーヒーな」 「私が入れに行くのかよ。・・・ってか飲めるの?砂糖いくつ?」 「砂糖はいらねー。って、どうした?」 「わざわざ昔の再現してくれなくていいんだけど。また咳きこむよ?」 「いつの話だよそれ・・・って。あーそっかそっか、お前知らねぇんだった」 知らないって何を?卒業してからの丸井のことなんて何一つ知らなくて当然だ。なのに、なぜ。傷ついている?自分が丸井の全部知ってると思ってた?そんなまさか。ありえない。 「俺、彼女出来たんだよ」 高校で知り合ったからの知んねー子なんだけど。運んだカップを、照れくさそうに笑いながらブラックコーヒーに口をつけた丸井は、飲んだ後に咳き込むことも顔を顰める様子もなかった。あの日の丸井がここにはもういない。そんでさ、と話し始めた丸井の携帯がメールを受信したことを知らせた。開いて相手を確認した丸井は、今日一番の笑顔を浮かべていた。 「彼女もう着くって。ってことで俺そろそろ行くわ」 「んー、彼女によろしく。今度会わせてよ」 「おう、楽しみにしとけ。も早く作れよ」 「ほっといてよ。ほらさっさと行きなよ」 「へいへい。支払っとくから好きなだけ飲んどけよ。じゃーな」 バタバタと走って丸井は店を出て行った。ひらひら振る自分の手を見つめながら、ぎこちなさを感じさせなかっただろうか。そう思った。中学生のころの、いつもの帰り道と同じように別れるだけなのに、戸惑った。丸井の変りっぷりに動揺しているのかな。窓の外には、彼女に電話をかけている丸井が見える。すごく幸せそうだった。ふいと視線を目の前戻すと、丸井が残して行ったカップ。手を伸ばしてコーヒーを一口飲んでみた。普段は平気で飲めるはずのブラックコーヒーが酷く苦く感じた。・・・なんで、なんでこんなに切ないの。 置いてきぼりの 感 情 (08/10/18) |