・・・痛い。ああ、まただ。

「おやまぁ、さん」
「おやまぁ。なんて暢気な状況じゃないと思うんだけどな、綾部」
「何してるんですか?」
「何してるって言うか何してくれてるのかな?」
「目印があったのにまた落ちたんですか?」
「そんな小さな石ころが目印・・・?分かるわけないじゃん!」

落ちた私を心配するでもなく、落ちたことなどお構いなしの様子で、ああ目印が小さかったんですか成程。と、掘った当の本人である綾部喜八郎は淡々と地上から穴に落ちている私に向かって言った。くそう綾部め。綾部が堀った落とし穴に見事に落ちて、窮屈な思いをしているというのに、待っていても手を差し出して助けてくれる様子はない。くそう綾部め。なんとか自力で窮屈な穴から抜け出せたものの、抜け出すのにちょっと手間取ったのは、今日の穴が以前に比べて深く掘られていたからのようだ。別にぼやっとして歩いているわけじゃないんだけれど、最近やたら落ちる。絶対掘った穴の数が増えているに違いない。そういえばこの間、食満先輩も落ちたとか聞いた。伊作先輩に至っては1日に何度も落ちているらしい。さすが、不運。それにしても最近、綾部の穴掘りに一層力が入っている気のせいだろうか。中には相当凝ったものがあるらしいけど・・・良かった何もない場所のところで。って、いやいや。落ちた時点で全然良くないんだけど。

さんはもう少し気をつけて歩いた方がいいですよ」
「え、なに、私が悪いの?落とされて土まみれな私が悪いの?」
「別に悪いなんて言ってません。気をつけたらどうですか?と言っただけです」
「それは遠まわしに、私のせいじゃありませんって聞こえるんだけど?」
「あ」
「人の話聞いてる?聞いてないよね?これっぽっちも自分が悪いと思ってないよね」
さん、怪我してます」
「え?」

綾部は私の腕を掴んで言った。綾部の視線を辿り、自分の手の甲をよく見ると腕から少量の血が出ていた。さっきまで自分は悪くないと言っていたのが嘘のように、綾部はジッと私の手を見つめたまま動かない。私も一緒に傷を見つめてみたけれど、別に痛くはない。こんなもの見つめたってなにも面白くないのに、綾部が学園一の不思議ちゃんとはよく言ったもので全くその通り。そして綾部は、私の腕を掴んだまま急に歩き始めた。

「ちょ、ど、どこ行くの綾部!」
「保健室です」
「別にいいよ!かすり傷だし」
「駄目です」

廊下を進んでいく綾部に引っ張られてる形で足が前へ前へと動く。自分で穴を掘っていろんな人を落としてるくせに、こんな小さい傷ひとつに細かい男だ。まぁ掘った綾部が悪いには違いないけれど、不注意で落ちた私にだって幾分か責任はある・・・と思う。多分一割くらいなら。綾部、ホントにいいよ保健室とか行かなくていいから。5回ぐらいひとりごとのように呟いていたら綾部が急に足を止めた。ようやく人の話を聞く気になってくれたか。

「じゃあ責任でもとりましょうか?」
「・・・何の?」
さんを傷モノにしたので」
「・・・それ意味分かって言ってる?」

綾部のこういうところはさっぱり良く分からない。真顔で簡単に言ってくるから本当に意味をわかっているのかどうかすらも怪しいところだ。いやでも綾部は分かっててからかうタイプだしな、作法委員だし。

「こんなこと、さんじゃなきゃ言いませんよ」

そんな私の心を見透かしたように笑って言った綾部に、・・・この野郎ちょっとくらい照れて見せろよ。なんてことを思いながら、赤くして動揺している自分の顔を綾部にバレないように隠すことで精一杯だった。



校庭に埋めてみたもの


(09/05/15)