私には苦手なものが3つある。

その1、虫。(やつらは地球外生命体だと思う)
その2、数学。(数式は絶対宇宙との交信とかに使われてるに違いない)
その3、隣りの席の木手永四郎。


サン、何か用ですか」
「・・・え、いや、なんでもないです」
「何もないなら何度もこちらを見ないでもらえますか」
「・・・すいません」

隣の席の木手君を眺めたまま、意識がどちらかに飛んでしまっていた私を、その木手君本人が引き戻してくれたようで、木手君は私によく聞こえる大きさで溜め息をついた。 1か月に1度の席替え。窓際の後ろから3番目の席のそこそこいい席になった私の隣の席には、今月の頭から木手君がいる。木手君とはあまり話をしたことがないのだけれど、人気が高いことぐらいは知っている。それからゴーヤーが好きそうな顔立ちをしている。 その木手君の流れるようなシャーペンの動きや指の綺麗さにいつの間にか見惚れて、集中力が欠ける事態が多くなってしまった。実に困る。 そんなことが何度もあったせいか、木手君は多分私のことを変な人だと思っているに違いない。違うのに。それまた困った事態だ。 そんな私が隣の席にいることがなんだかとても申し訳なくなって、黒板を眺め直し、書きかけのノートにシャーペンを走らせる。 そういえば年号と出来事を語呂で覚えようという歴史の授業の最中だったはずだ。えーと1192年か。

「あ、これ分かる。いい国作ろう、江戸幕府。っと」
「・・・」
「1年の時にやった割に意外と覚えてるもんだね」
「・・・それ違いますよ」
「え、違うの?」
「ええ、正確には鎌倉幕府です。どうやったらそれを間違うんですかね」
「・・・す、すいません」
「もう少しちゃんと勉強することをお薦めしますよ」
「・・・いやホントすいません」
「全く、あなたはどうしようもない人ですね」

さっきから謝ってばかりだな私。また大きく溜め息をつかれるのかと思いきや、木手君は今まで私が見たことのない柔らかい笑みを浮かべていた。 ほんの一瞬だったけど。そのほんの一瞬、彼の横顔を直視してしまった私の心臓はどんどん早くなる。顔が熱い。やっぱり、やっぱり彼は苦手だ。かっこよすぎる。眩しすぎる。 早く、早く今月よ終われ。だってこのままだと私、ホントにいつか死ぬ気がする。




しく替え

(08/06/14)