今時ありえないと思う。一昔前の漫画の世界とかなら、まだ見られていたと思われる光景だろう。それでも現実には到底無いことを、普通に現実を生きている女の子どころか男の子ですらありえないことだと思われることを実行しようと、私は今、正門の真裏側にあるフェンスをよじ登っている。なぜ、そんなことをしているのかというと、さっきチラリと眺めた正門前にノートを持つ柳生先輩の姿が見えて、今日は風紀委員のチェックが入る日だと知った。視力が良くてよかったって心底感謝した。このまま正門に行ってたら確実にあの名簿にチェックが入っていた。というより、この状況を見つかったらもっとヤバイ目に合う。さっさと越えないと本気でまずい。

「何しとんの?あんた」

登り切って腰を掛け、飛び降りる態勢に入ったところで下から声がかかり、咄嗟にぎゅっとフェンスを掴み直した。今から飛び降りる着地点であろう場所に男子の姿を見た。銀髪を携えた、飄々として掴みどころのなさそうな人。噂で聞く、テニス部の仁王先輩だと思う。

「仁王先輩は、どうしてこんなとこにいるんですか?」
「なんで?」
「いや、ここ裏通りで人少ないし、裏の抜け道の鍵閉まってるんで」
「鍵?ああ、これんことか」

3年もこの学校におるんやし、こういうのを作るんは知恵じゃろ。先輩はくるくると鍵を回し、にやりと笑った。嘘だ。そんなものが存在するなんて。

「そこに立たれると危ないんですけど」
「どっちかって言うとあんたの方が危ないじゃろ」
「私は大丈夫です。余裕ですよこれくらい」
「俺の勘では多分落ちよるよ、あんた」
「・・・飛び蹴りくらってもいいならそこにいてください」

落ちるだと?私の身体能力をなめないでほしい。これでも一応、スポーツ推薦でこの学校に入学してきている。まぁ入学早々こうして遅刻しかけて、職員室に呼ばれるか呼ばれないかの危ない目を見ようとしてるんだけども。カチン、と頭にきて鞄を先輩の居る足元の方へ投げ捨てた。見てろよ、私の華麗なるジャンプ。2メートル弱のフェンスから飛び降りようとしていたその時。

「あ」
「あ?」
「あんたの手元に毛虫」
「ちょ、今、それ言っ」

毛虫のいる方の手を避けたら、その後はお決まりお約束。バランスを崩して、地面に向けて落下。どこまで私は一昔前の漫画仕様なんだ。で、そのまま地面とぶつかるかと思った瞬間、私は先輩に抱きとめられていた。おかげで怪我ひとつせず、すとんと安全に地面に降ろされた。一瞬何が起こったか分からず放心状態だった私に、先輩が、生きとるんか?と声を掛けてきて、私ははっとした。

「す、すいません!」
「ほらみんしゃい、俺の言ったとおりじゃろ」
「あ、あれは、仁王先輩が声掛けたから!そうじゃなきゃ落ちたりしないですよ!」
「果たしてそうかの」

くっくっと喉を鳴らして先輩は笑う。・・・くやしい。確かに先輩の言う通りではあるが、 先輩が声掛けてこなかったら、ちゃんと着地だって10.0でポーズまで決めれたはずだし、これから先だって遅刻しかけたらそういう風にしていこうと思ってたのに、この先輩によって出鼻をくじかれた。自信喪失。入学早々最悪だ。そんな私の心情を知る由もない先輩は、私の頭をわしゃわしゃと軽く乱すように撫でた。セットした髪型が台無しだ。

「あんた、面白い子やの。名前は?」
「1年の、です」
、もう無茶はしなさんな」

ほれ、と先輩は私の手に鍵を置いた。え、と先輩を見ると、まだストックは何本か持っとるんよ。と先輩は笑った。

「ほっとったらまた同じことしそうやからの」
「それは・・・否定できません」
「毎回助けに来れんからの、もらっときんしゃい」
「だから、本当なら落ちてなかったんですって」
「はいはい。ところでの
「はい」
「俺はもう少し女らしか方が好みじゃよ」
「は?」

私の怪訝そうな表情に、相変わらずくっくっと喉を鳴らして笑い、先輩は行ってしまった。先輩には、落下したのを助けてもらっただけなのに、なんて言い方だろうか。そんなのまるで。

「私が先輩に惚れたみたい・・・じゃない」





並木道で虫大発生


(09/04/10)