夏の暑さが消え始めて秋の涼しさが訪れだした頃、学校中はひとつの区切りを迎えた。最も人気の高い部活でもあるテニス部の代替わりの時期で、3年生のレギュラー陣の引退には多くの女子生徒が涙した。 でも、エスカレーター式に乗っ取って全員そのまま高等部へ進学していくから、全員が毎日部活に参加するかどうか以外大した変わりないのだけど。 「あ、あの、日吉先輩、コレ受け取ってください!」 「邪魔だ。近寄るな」 「日吉くん、どうぞ!!」 「目障りだ。鬱陶しい」 窓の外の状況を一言で表すならば"一刀両断"ほどふさわしい言葉はないだろう。黄色い声援に囲まれて、普通の男子なら喜ぶべきところを一瞥もくれずに切り捨てているのは同じクラスの日吉若。 新たにテニス部の部長になった奴だ。むしろ3年生が来ないこと。それは私にとって大問題だった。 「・・・予想外」 「でもないでしょ。元々レギュラーだったんだし。さっさと告白しちゃえば?」 「それが出来たら苦労しないって」 「顔見たら悪口しか出てこないんだもんねー」 あんなひねた奴を好きになるのなんて物好きの私ぐらいでしかないと思ってたのに、あの跡部先輩の後を引き継いで何百人といるテニス部の頂点に立ち、 その上テニス以外のことに興味を示さないあたりが跡部先輩にそっくりだからと言う理由で、余計に日吉の人気は高かった。 「で、調子はどうなの?」 「このとおり・・・真っ白ですが」 「・・・何やってんの、アンタ」 鞄の中で眠っていた夏海の前で便箋を取り出して広げてみた。宛名しか書かれていない真っ白な便箋。目の前にしたら絶対言えないから手紙にしようと思って決心したはずなのに、 悪口ばっかり言ってても好きって想いぐらい紙にならすぐにでも書けそうな気がしてたのに、ホントに素直じゃない所為か相手が日吉だと思うと悪口以外にペンが進まない。何枚書き直したことか。 良い所だっていっぱい知ってるのに、何故か。もう駄目だよ、と溜息交じりにジュースを啜りながらもう一度外の様子を眺めると、なんてこった。教室を見上げていたらしい日吉と目が合った。 しかもものすごい怪訝そうな顔でこちらをみていたので負けじとジッと睨み返すと、見上げたまま動かない日吉の様子に、隣にいた鳳が日吉の視線を追って私に気付いて手を振ってくれた。 私も鳳の笑みに釣られてにこやかな表情で鳳に手を振り返すと、日吉は鳳に「先に行ってろ」と踵を翻して校舎の中へ入っていった。 「どうしたの?」 「日吉と目が合って、睨まれたから睨み返しといた」 「コラコラ」 「で、鳳が手を振ってくれたから振り返したら、日吉が校舎ん中戻ってった」 「なにそれ。こっちに文句言いに来たりして」 そんな馬鹿な。そこまで私に睨まれたことなんか気にするような奴じゃないでしょ?そう言って笑っていると教室のドアがガラッと開いて不機嫌そうな日吉が顔を出した。嘘だ。 「オイ、上から見下ろすな。睨むな。気分が悪い」 「に、睨んできたのそっちでしょ。そんなこと気にするようじゃまだまだ精神面が弱いんじゃない?」 「うるさい。で、お前ら何してるんだよ」 「好きな人にラブレター書くらしいから、日吉手伝ってやんなよ」 「ちょ、夏海!?あんた何言ってんの!!」 「が?」 「この子素直じゃないから私の手に負えなくて。ってことでよろしく」 「待って夏海!夏海さーん!山ー岸ー夏ー海ー!」 ご機嫌な様子で教室を去る親友は鬼以外の何者でもない。体中から血の気が引きそうなあたしと心底そんなことはどうでもいいとでも思ってそうな日吉がこの教室に取り残された。 まさかの展開だ。気まずい上の沈黙なんて耐えられるはずも無く、手ごろな話題を拾い上げて日吉に話しかけてみた。 「ひ、日吉、ぶ、部活は?」 「今日はミーティングだけだったからな。もう終わった」 「そ、そうなんだ」 「・・・・」 「・・・・」 「・・・・」 「・・・・と、とりあえず座る?」 「ああ」 座ったところで会話が弾むはずもなく沈黙が続く。ホントになんてこった。どうしてこうなるの。それになんで日吉が黙ったままなのか分からない。 いつもなら顔見ただけで喧嘩吹っかけてくるのに、ラブレターを書くってことで嫌味の一つもないのかと不思議に思ったけども。とりあえずここは話でもして今日のことはすっかり忘れてもらって何もなかったことにしよう。 そう思って声をかけようとすると、日吉とどういった会話をするのかを考えるのに夢中になりすぎて頭から抜けて落ちていた。日吉の持って見ているもの・・・ 机に広げっぱなしの書きかけの手紙(名前以外真っ白だけど)のことをすっかり忘れきっていたのだ。引いていた血の気が逆流したみたいに顔が赤くなって、咄嗟に奪い上げた。 「・・・・見たでしょ」 「ああ見たな」 「ああ見たな。ってあんた!なんでそんな冷静に言えるの!!」 「・・・」 「ちょ、ちょっと黙んないでくれる?今まで以上に気まずいから!」 「・・・ああ」 「日吉・・・・照れてるの?」 「違う」 日吉の顔が少し赤い。あの日吉が照れてる?まさかとは思って聞いたけど否定したところで絶対赤い。ちょっと待った。 そんなの期待しちゃうじゃない、この展開的に!確信持っても大丈夫・・・だよね?もしかしてもしかしなくても日吉は。 「日吉も私が好」 「、仕方ないから受け取ってやる。出せ」 「受け取ってって・・・これを!?しかもまるで私が告白したみたいじゃん!」 「そうだろうが。どうせだから“好き”の一言ぐらい書かせてやろうか?」 「やだよ!形に残ったらそれこそもう2度と勝てない気がする」 「まぁこの便箋だけでも十分形に残ることになるだろうけどな」 結果オーライとはこのことなんだろうけど、最後まで言わせてくれなかったのは絶対照れ隠しだと思う。 不敵な笑みを浮かべながらひらひらと人の目の前に便箋をチラつかせる日吉の口からいつか絶対吐かせてやる! 白紙のラブレターを君に 「ジュ・テーム」企画様へ捧ぐ。 嗣也 (07/09/14) |