放課後の教室でのこと。帰ろうと鞄を掴んで教室を出ようとした時だった。

「おーい。悪いけど、このプリント届けに行ってくれよ」
「いいけど。どこに持って行けばいいの?」
「応接室」
「は?」
「だから応接室だって。頼んだからな」
「え、ちょ、委員長!あたし応接室なんかに行きたくないんだけど!!」
「大丈夫だろー。お前、ほら、雲雀さんと仲いいし」
「良くない!誤解してる!」
「とりあえず頼んだから宜しく!」
「宜しくってそんな勝手な!!」

逃げ去っていく背中に手を伸ばしても届くはずなかった。はぁ、と大きく溜息をついて教室から一歩踏み出し、廊下を一歩一歩と重たい足取りで先へ進む。 よりによってクラスの委員長から言い渡されたのが、並中の法律とも言うべき風紀委員長(っていう名の支配者)雲雀恭弥への風紀アンケートの届け物。 全くクラスの風紀委員は誰だ。誰もが恐れて近づかない雲雀とは仲が良いわけでもなんでもなく、ただ雲雀は私のことを咬み殺すのが勿体無いとだけ言うのだ。 多分それは私が雲雀に容赦なくものが言えることからだと思う。怖くない?そんなの怖いに決まってる。だけど。

「だからってなんで私がこんな目に・・・」
「それは一体どんな目に?」
「鬼の雲雀の元を訪れなきゃいけないっていう不幸体験」
「へぇ、何で?」
「だって相手は学校一の不良みたいなわけだし」
「不良じゃなくて風紀委員長だからね」
「あれは風紀委員長って言わない・・・って、アレ?」

独り言を言っているつもりが、気付いたら会話になっている。振り返って見ると、面白そうに口元を吊り上げて怪しい笑みを浮かべている雲雀がいた。

「ワォ!一番会いたくない人に出くわしたよ!」
は相変わらずそういうことを本人を目の前にして堂々と言えるよね?」
「つい本音が零れる性質なもので」
「相当咬み殺されたいんだろうね」
「いや咬み殺されるのなんてホントにまっぴら御免だから」
「そこまで僕に言えるのは本当に君ぐらいだよ」
「ありがとう」
「変な人。やっぱり咬み殺すのは勿体無いな」

応接室の前で私と雲雀が会話している横を通り過ぎる生徒たちの顔が青くなっているのが分かった。あの女、雲雀さんに絶対殺されるな! とか、雲雀さんと言い合うなんて只者じゃねぇ!とかそんな声がどんどん聞こえてきた。雲雀が怖い?雲雀が怖くて雲雀に恋が出来るわけない。 雲雀に平凡な恋愛を求めても仕方ないのなら、自分が雲雀の恋愛対象に変わるしかないんだ。 咬み殺されて終わりだなんて簡単に結末のつく恋物語じゃなくて、いつかこっちから咬みついてやるぐらいの勢いを踏まえた長期戦を覚悟して。 雲雀が自分の恋愛対象になった時点で命の覚悟なんてとっくに出来てる。だからこっちから惚れているなんて素振りを見せてはいけない、表情に出してはいけない。 だから相変わらずカッコいいなぁって思って見上げている場合じゃない。すると応接室のドアが開いた。

「アレ?」
「早く入りなよ。僕に用があるんだろう?」
「ありがと。でもこれ届けに来ただけでそれ以外は特に何もないんだけど・・・」

と、応接室に入って雲雀の机に上にプリントを置いたらそれと同時に、突然テーブルに草壁君から紅茶が出された。この空気的に飲まずに逃げるって言う手はないだろう。 ・・・だから嫌なんだ、応接室って。このまま雲雀の思惑に動かされて、思わず告白してしまうんじゃないかもしれない日がいつか来るんじゃないかって思ってしまう。 私が逃げ出せないことを知っている雲雀の、結局いつものパターンどおりに雲雀の思惑通りに動かされる。 君の気持ちにはとっくに気付いているよなんて思わされちゃいけない。思っちゃいけない。

「まぁゆっくりしていきなよ」
「え、いや、だから別に雲雀に用はないんだって」
「そう?でも今日は僕がにいろいろ聞きたいことあるから」

たとえこの一杯の紅茶の後にどんなことが起こったとしても。



飲み干された紅茶



(07/8/20)