中学3年の春。祖父が危篤状態になったと聞いた時、祖父の後を継ぎたいと自分からそう言い出して、イタリアに戻った。実は私もマフィアの血縁者だった。 私があのファミリーの一部(言っても正式なファミリーではなかったけど)から抜けてもう10年が経ったというのに、それでもずるずると彼への想いを引き摺り続けている私は女々しいのかな、と時々思う。 頼りなかったツナはどうなったとか、リボーンくんはまだツナの傍にいるんだろうなとか、山本の天然さは相変わらずなのかなとか、隼人がまだあの頃と同じ煙草を吸っているのかとか、今頃みんなが如何してるのかなんて。

「昔を懐かしむなんて、今更何考えてんだろう・・・」

それでもイタリアに戻ったのは、ボンゴレの十代目がお前の近くにいるのならに吸収合併されても構わないと言った祖父の言葉が、祖父同様にファミリーの皆が大好きだった私にとってはなんだか寂しい気がした。 だから親たちに反対されるのも押し切って祖父の大事にし続けたこのファミリーの皆を、慕ってくれた皆を裏切る訳にはいかないと私は今の地位まで成り上がってやった。 今回の領地内の反乱は随分大きく今までとは規模が違うけど、簡単に乗っ取られてこの領地を崩すわけにはいかない。 ツナは私達を安全なようにとボンゴレのファミリーに入れてくれようとしてたけど、今起こっている反乱を自分達で止めて見せなきゃこの領地のボスになった私の意味も立場もない。それがどういう結果で終えようとも私は止めなければならないのだ。 なのに。あのファミリーにいた頃を懐かしんでしまう。今考えるべきことじゃないと分かっていても、思い返してしまう。気にしてしまう。

「よう、。元気か?」

突然ガタンと大きな音がして、久しぶりに顔を合わせた懐かしい彼はさもそうすることが当然のような顔をして、ドアをノックせずに蹴破っていた。 部屋に入ってきてすぐに隼人は昔と変わらない仕草で煙草に火をつけた。この部屋一応禁煙なんだけどな。

「随分久しぶりだね、隼人」

すぅっと吐き出される変わらない煙草の匂いに、胸が締め付けられるような切ない気分になるわけでもなく、懐かしいとあの頃の皆で一緒にいた時期を思い出すだけだった。 イタリアに戻ったあの頃はみんなと別れた寂しさが押し寄せて、何もかも壊れるかと思った。みんなで見た花火が恋しかった。あの中に帰りたいと一人で泣くことも少なくなかった。ああ、ただ懐かしい。

「ああ」
「みんな元気してる?」
「まぁな」
「隼人、見た目は変わったね。中身は相変わらずそうだけど」
「中身が相変わらずなのはてめぇもだろ」

背丈も伸びて髪形も年相応のそれなりの面影を残して変わってしまって、まるで知らない人みたいだ。それでも変わっていないのは中身と煙草。 ツナとは電話で何度か話しただけで会っていないけれど、きっとツナも山本も皆変わっているのかな。でも山本なんかは全然変わってなさそうだけど。 久しぶりに隼人に会って話をしてみると、死んでもいいと決意した気持ちがゆらゆらと彼の煙草の煙のように揺らぐのが分かる。 そんな不安を隠し通せる自信はあった。それなりにボスとして悪い奴らとは嘘を重ねてきたし、手の内を見せるフリをしては騙して奪い取って成り上がって。 そんな毎日でも、ファミリーの皆が一緒だったから笑ってこれた。皆に支えられた。遠くのどこかではツナや山本たちは頑張っているんだろうなと、隼人にまたいつか会えたら良いなと思っていた。 だから会えた今、死ぬなんて嫌だ。本当は死にたくない。彼に泣きすがってそう言えたらいいのだろうけど、最後の最後で弱気な自分を見せるなんて柄にもない。

「もうすぐ十代目達もこっちに来るぜ」
「そっか。ありがと」
「俺がお前の引き留め役で来たんだぞ」
「隼人が?喧嘩売りに来たんじゃなくて?」
「てめぇ」
「ごめんごめん、冗談」
「本来なら十代目の右腕がこんなところに来る予定じゃなかったのにな」
「でもツナが行けって言ったんでしょ?」
「ああ。ったく十代目も何でこんな役を俺に・・・」
「ツナは、隼人でないと駄目だって気付いてたんだよ」
「んだよそれ」

ああ、やっぱり。やっぱりツナにはバレていたか。私がずっと隼人を好きなことに。隼人は未だに気付いてないと思うけど。(その辺はまだ子供だなぁ)それはあの頃と変わらずに今も続いていたのをツナは気付いていたのかな。 でもあの時、あの中学生の頃。ツナのあの目覚めたての超直感が、それを見破るのに使われていたかもと考えればそれはそれで面白いなぁと思いながら、最後の最後にツナからのビックプレゼントに小さな笑いが漏れた。 そろそろ行かなきゃ、と立ち上がった私の手を隼人が掴んだ。

「間に合わなかったね」
「間に合わねぇ訳がねぇ。必ず十代目はすぐに来る。信じろ」
「・・・うん。ツナはちゃんと来てくれるだろうね」
「だから俺がこの手を離す訳にはいかねぇ」
「でもファミリーの皆が待ってるの。わかってくれるでしょ?」
「十代目の頼まれ事をそう簡単に破れるかよ」

掴む手に力がこもる。痛いよ、隼人。最近ボンゴレの領地で何だか揉め事があったって確かうちの部下が知らせてくれた。 ツナもマフィアのボスとしてきっちりした仕事をこなさなければならない。きっと夜明けまでには此処に間に合わないだろう。だって朝はもうそこまで来ている。 それでも必要としている隼人を此処に送り込んでくれたツナに感謝しよう。この夜が明ければ私は、この部屋にお別れを告げなければならないのだから。

「ねぇ隼人」
「何だ?」
「まだ死なないでね。みんなで長生きするって約束ね」
「そっくりそのままお前にもくれてやるよ、その言葉」
「アハハ、10年も経つとそんな気遣いのある台詞が言える様になるんだね」
「此処で果てていくか?」
「アレ、さっきと言ってることが違いますけど?」
「馬鹿かてめぇは」
「馬鹿じゃなかったらとっくの昔にボンゴレファミリーの一員になってます」

隼人はじっと私の顔を見上げた。私は笑ってみせて隼人の掴んでいた腕を解いてドアまで歩いた。背を向けて手を振りながら。 ツナにはちゃんと連絡しておこう。隼人を私のところへ呼んでくれたことへのありがとう、隼人がちゃんと引き止めてくれたけどそれでも私がボスとしての仕事があること、 それからこっちに向かってくれているだろうけど私はもう出て行くからちゃんと自分の領地を守ることに専念すること、私の心配しないこと。 言いたいことは山ほどあって、全部は言葉に表せないけれど、今までこんな手の掛かる女にいろいろと世話焼いてくれてありがとうってこと。

「オイ、
「ん?」
「必ず生きて帰って来いよ」
「ん、一応努力してみる。でも」

ボッとジッポの点く音がして私の後ろで静かに新しい煙草に火をつける彼の最後の仕草は見ることは出来なかった。 ここで振り向いて言葉を零すと、きっとこの外へは出られない。そう感じていた。けれどもう何も思い残すこともない。隼人に伝えたい想いは何も伝えられなかったけど、最後に会えただけで十分だ。 意外に涙も零れなかった。そして振り向けないまま部屋の外へと一歩踏み出した。



香りを添えて



墓標に誓いを


「その約束はきっと守れそうにないや。最後の約束なのにごめん。」

(07/04/04)