私たち中学生の生活は至って平々凡々で最近の話題の中心といえば、隣のクラスの転校生(転校してきたのは多分去年の話で私は未だに名前すら知らない)や野球部エースで不動の人気の山本君への色恋沙汰になってて、私は全然そんな話に興味なんてなかったけど友達付き合いにそうは言ってられない。 なんでこうなったのか知らないけど、私の親友は私と対照的にその手の話が大好きだった。

「ホントかっこいいよー!」
「えーと、名前なんだっけ?」
・・・未だに名前覚えてないの!?獄寺くんだって!」
「あーそうそう、獄なんとかくん」


   名前しか知らない



言った途端、親友の美里はいつになく冷ややかな目を私に向けてきた。ほら人間苦手なものって誰にだってあるし覚えられないものは仕方ないでしょ?それにさ、あんまり面識もないし、興味もないんだもん!そうまくしたてるように 答えると親友の美里はにこやかに2冊のノートを出した。出されたノートの1冊は美里の、もう1冊は私の買ったばかりの新しいノート。 差し出された美里のノートをめくると今まで女の子の色恋沙汰の中心になってきた人物についてたくさんの情報が書き込んであり、一番新しいページには「獄寺隼人くん」とピンクで名前の書かれたページが出来ていた。(なにこの写真・・・絶対隠し撮りじゃん!)

「え、なにこれ?」
「獄寺くんの名前、いっぱい書いてそろそろ覚えようか」
「そんな面倒なことは勘弁させ「無理。さっさとやれ」

本日、長年連れ添った親友のキレた様子は相当危ないことが判明した。目が笑ってないところを見るとかなりマジな様で、ずっと恋愛話に乗ってこない私ににとうとう堪忍袋が切れたらしい。 小学校のころならまだしも、中学校入ってからどれだけ我慢してたか分かる?なんて言われても分かる訳がない。(だってホントにそういうのに疎いんだから仕方ないじゃん!) それから私は1日の休憩時間という休憩時間を潰して必死に「獄寺くん情報」を書き写した。帰る頃には美里は満面の笑みを浮かべて獄寺君がどうのこうのと話し始めた。何ページ書いたか分からないけど、実際のところ名前しか覚えてないという事実はまだ美里には言えない。 美里が意気揚々と話すその辺りは当たり前のように聞いておらず、私は疲労しきった指をひたすら摩りながら帰っていた。


*


美里と別れて、商店街をぶらりぶらりと歩いて帰っていると、黒い集団が目に入った。商店街でも相当の悪だと言われている高校生たちの中にいるのは、並盛中の制服。 アレ、あの人どっかで見たことあるなぁ・・・ってアレは確か(隠し撮りの写真情報からだけど)獄寺くんだ。ガラの悪そうな人たちに面倒くせぇと、ポケットから取り出したのはダイナマイトみたいなもの。 さすがに本物じゃないよなぁっと思っていると、獄寺くんが火を付けた。その火がついたものを投げると、意外にも大きな音と煙が舞い上がった。・・・ええええー本物ですか!?驚きのあまり動けないでいると獄寺くんが私に気付いた。

「なんでうちの生徒がこんなとこに・・・!」
「え?」
「逃げるぞ!」

急に腕を掴まれて、引きずるように商店街から連れて出され、え、え、あの人たち大丈夫なの!?と獄寺くんを見ると睨まれた。 とりあえずごちゃごちゃ言わずに走れと。そして着いた先は河原。ぜぇぜぇと息を切らして汗を流している私を気にもせず、獄寺くん新しい煙草に火をつけ一服しようとしたけれど、 片手が私の腕を掴んでいることに気付き、そしてようやく私の姿に気付いた。

「あー大丈夫か?」
「ご、ご、ご、ご、」
「あ?(何が言いたいんだ、こいつ)」
「ご、獄寺君、手!手が!!」
「ああ、んなこと気にしてたのか」

ぱっと離された手の触れらていた部分をぎゅっと握り締めた。まだ触れられていた手が熱い。女なんてこれだから面倒なんだと、獄寺君は言ったけれど、あなたにとってそんなことでもこっちは十分気になることなんですけど!自分の心臓の鼓動が早くなっていくのがはっきり聞こえる。 昨日まで全然知らなかったはずの彼の名前が、親友に書かされてようやく今日覚えた名前をこんなに早く口に出すなんて全然予想外の展開だ。日本って平和だなぁなんて暢気に思っていた昨日。それ一瞬に取り払ったのは、危ないお兄さんたちでも火薬のにおいでもダイナマイトの音でもない。 昨日までは本当に何も知らない未知の人だった、今も“獄寺隼人”という名前以外は何も知らないの彼の存在。


(07/01/27)