ピンポーンと鳴らしたチャイムの奥から、急ぐ様子のないのろりくらりとした足音が玄関へと近づいてくる。それは同時に高まる一方の、私の心臓の音と反比例しているみたいだった。戸が開いた瞬間に、彼はどんな顔をして私をみるのだろうか。 「新聞だったらいらねぇって・・・」 「は?」 「・・・はい?」 * * * 時計の秒針がカチカチと部屋に響く。この部屋には、私が持ってきた苺ショートケーキを嬉しそうに頬張る男と、男の目の前にただ黙って座っているだけの私がいる。 「こんなていたらくなんて、白夜叉の名が泣くよ」 「ほっとけ。で、は今どうしてんだ?」 「旦那と子供2人と幸せな家庭築いてる」 「マ、マジでかァァァ!?」 「予定だった」 「・・・んだよ、予定かよ」 そうだよ。予定ではそうなってるはずだったんだ。攘夷戦争が終わって、みんなが、銀時がいなくなって、全部忘れなきゃって思って、普通の幸せ探してたはずなのに。なのに、なのにどうして今、わたしは銀時の前に座ってるんだろう。銀時が江戸に居て、万事屋やってるって聞いたらここに来てたなんて。仮に人生ゲームに例えるとしたら、ルーレットを随分廻して、コマも随分進めて、ゴールだって目前だったはずなのに、なんで、なんで今更、ふりだしに戻ってきてるんだろう。 「予定予定ばっか言ってりゃ婚期逃すぞ」 「そういう銀時は」 「ん?」 「いい人いないの?」 私だって誰とも付き合って来なかった訳じゃない。結婚してもいいなと思う人がいなかった訳じゃない。ただ、そうした時に、銀時の姿や、銀時の声が思い出されてその先に進めなかった。周りはどんどん進んでいくのに、わたしだけ、銀時の面影に縛りつけられていた。あれからどうしたの?今、なにしてる?会うまでにいろいろ考えていたけど、会ったら昔のままで、まるで昔に戻ったかと思うくらい軽口も簡単に叩けていた。だから尚更、自分のしていることが、言ってることが馬鹿馬鹿しい。質問してから銀時は黙ったまま、わたしの持ってきたケーキのイチゴを頬張った。そもそもこんなタイミングでイチゴを頬張るか普通。 「・・・どうせなら、本当に結婚してから会いに来りゃよかったのに」 「なんでそんなこと・・・」 「の幸せそうな顔見て、懐かしんだら諦められると思ってたんだよ」 「、銀時?」 不意に、立ち上がった銀時は私の隣に座って、私を抱き寄せた。 「しつこい男で悪いな」 銀時の言葉に、堪えてた涙がポロポロ零れた。馬鹿じゃないの今更。銀時もわたしも馬鹿だ。銀時は諦められるって言ったけど、私は銀時が結婚してたってきっと諦められなかった。泣いていることに気づいて、ぎょっと一瞬、驚いた顔をした銀時はわたしの頬を伝う涙を拭いながら、笑って、もう一度抱きしめた。それでも涙がポロポロこぼれているのは、きっと、銀時が受け止められないくらい、私の想いが溢れ続けているに違いないから。 R O L L (10/7/18) |