「えっちぜーん!」 聞き覚えのある声に無言で振り返ると、いきなりシャッターをきられた。真新しそうなデジカメの向こうから、やったねと言わんばかりの笑顔をのぞかせた先輩とは裏腹に、俺は自分で思っている以上のしかめっ面を浮かべているに違いない。 「先輩、肖像権って言葉知ってる?」 「うわ堅っ!手塚でもそこまで言わなかったよ?」 「冗談スよ」 「こんな日だし、勘弁してよね」 さっきまでクラスの友達やテニス部の先輩たちと一緒に写真を撮っていたんだろう。俺の写真を撮れたことに満足したのか、先輩はデジカメを片付け、花束と卒業証書を持ち直しながら、ちょっと話そう?と俺をベンチに誘った。最後くらいいいでしょ?と釘を刺して。 「釘刺されなくたって、ちゃんと聞きますよ」 「そうだね。でも一応、越前相手だから言っとかないと」 「俺はいつでも先輩の言うこと聞いてるじゃないっスか」 「は?生意気すぎて手に負えないなんて思ったこと何十回もあったんだけど?」 「それはどーもすいませんでした」 「それに先輩にだってロクに敬語使えないし」 「ちゃんと使ってますって」 「敬語は敬う気持ちがあってこその敬語だよ?越前のは見下してる感じなんだよ」 「よく分かってるんじゃないっスか」 「ほんっと失礼だよね!」 そんな想い出話を振り返りながら、10分ほどの会話をした。その最中、先輩に気付いて手を振って別れる友達、こちらを気にせず笑顔で通り抜ける人など、いろんな人が俺たちの前を通り過ぎて行った。たまに先輩は、俯いては上を見上げたりを繰り返し、涙を堪えているような態度をとった。先輩の横顔を見つめてみたけど、泣いた跡は見られなかった。そういえば先輩の泣いた顔をほとんど見たことがない。俺たち後輩一同から花束贈った時だって、先輩は堀尾たちを宥めながら笑っていた。そんな先輩だから、俺の前で泣くとからかわれるとでも思ってるんだろうか。それならそれで心外だ。自分でもからかうんじゃないかと思ってはいるけれども。まあそもそもの話、この人と俺との間に涙でお別れなんてこと、考えられない。 「卒業、か。別れなんて、いまいちピンとこないんだよね」 「先輩はよく卒業出来たよね。ああ、中学って留年ないんだっけ?」 「・・・次そういうこと言ったら殴るからね」 「はいはい」 「せっかくこうして越前とも仲良くなれたのに、ね?」 「別に大して仲良くもないでしょ」 「・・・またそういう可愛くないことを」 「冗談スよ、冗談」 「でも・・・ホントに今までありがとう。越前の居たから全国優勝も出来たし」 「なんすか、いきなり。気持ち悪いっスよ」 「もー最後まで失礼すぎ!まぁでも、たまには高等部に顔見せに来てよね?」 「たまにでいいんスか?」 「越前!」 「へいへい」 春風が少し強く吹いて、ふわりと枝の花弁が舞う。花弁の向こう側、少し遠くから、ー!おチビー!今から打ち上げいっくぞー!と、菊先輩が俺たちを呼ぶ声が聞こえた。菊先輩の隣にいる大石副部長はまだボロボロ泣いていて、周りの先輩たちに宥められているのが見えた。先輩はしょうがなさそうに笑って、大石は泣きすぎなんだよね。今からタカさん家で卒業パーティするっていうのに、あれじゃあ後がもっと酷そうだよ。そう言って立ち上がり、菊先輩に手を振って答えた。 「さて、越前。本日最後の締めに行こっか」 「じゃあ、菊先輩のところに着くのが遅い方がファンタね」 「え、ちょ、それって私不利じゃん!絶対不利!!って越前、もう走ってるし!!」 走りながら小さく笑みが零れた。後ろから、先輩の叫ぶ声が聞こえる。最後の最後まで騒がしい人だ。別に、俺は先輩がいなくなることに泣いてなんてやらないし、素直な優しい言葉をかけてやる気もさらさらない。ただ、今日一日くらい、最後くらい、ちゃんと見送ってやってもいいとは思う。感傷的になったわけでも、周りの雰囲気に流されたわけでもない、ただ仮にも世話になった相手だからだ。それ以上の意味はない。 一旦足を止めて、くるりと先輩の方へ向き直る。 「先輩、卒業おめでとう」 素直に出た言葉は今のこれが精一杯。 「ありがとう、越前」 そして先輩は今日一番の笑顔を見せてくれた。 過ぎゆく春の日に (09/03/25) |