5月。世間ではGWは海外に出かける人が多いとテレビ放送され、インタビューを受ける人の顔は生き生きとしていた。 国内に残り子供たちをテーマパークにつれて回らなければいけない父親の顔は人の多さにうんざりしていて大変だなぁ。 私はこの長い連休の今日というたった1日の友達と遊ぶ約束以外は家でだらだらと過ごした私とは大違いだ。 でもこんなことならどっか頑張れそうな部活に所属するんだったと思っても、今は3年生。もう遅い。 とりあえず今日は友達とGW中の出来事とかをうだうだと話して1日を楽しもうと、少し遠い都会へ出てみることにして、利用するのはもちろん電車。 なんだけれど、ホームの人混みの多さに負けて帰りたくなった。でもきっと新幹線のホームとかはもっと混んでるに違いないと思えば少しくらい気は楽な気する。さっさと諦めて普通電車のホームに降り立った。電車までの時間はあと15分くらいあって、人混みを掻き分けて必死で空きベンチを探す。すると、長い足を組んでベンチに座って悠々と本を読んでいた跡部くんが顔を上げた。 「あ」 「よお」 君の手が触れたとき そう言葉が交わされたと同時に、電車がやってきて一気に人の波が電車に飲み込まれていく。 私と跡部くんと他の数人がホームに取り残されて電車は見えなくなって行き、丁度ベンチにも空きができて空いた跡部くんの隣に腰を下ろした。 「珍しいね、跡部くんが電車使うって。しかも一人で」 「ああ」 「跡部くんの出掛ける手段って車しかないと思ってた。樺地くん付きで」 「宍戸の所為だ」 「宍戸くん?」 「・・・あの野郎、俺1人じゃ電車に乗れねぇんじゃねぇかって言いやがったんだ」 「・・・・」 「乗れるってことの証明で、今日は電車だ。樺地は先に車で行かせた」 「って言うか電車1人で乗るのホントに・・・初めてなの?」 「んなわけねぇだろ!・・・まぁ乗るのは久しぶりだけどな」 「(そんなに怒らなくても・・・)」 そんな理由で、跡部くんは少しばかり機嫌が悪いようだ。それにしても宍戸くんもなかなか面白いことを聞く。普通の人なら絶対聞きにくい質問なのに、さすがテニス部の宍戸くん。やっぱり普通の人とは違う、と思わず感心してしまった。 「んなことより人多過ぎだろう、あーうぜぇ」 「仕方ないよ。GW中なんだし」 「・・・宍戸の野郎、ただじゃおかねぇ」 「(怖っ!)き、今日、部活は?」 「今日は午後からだ」 「そうなんだ。で、何処行くの?」 「3駅先に現地集合。レギュラーの奴らと飯喰いに」 「仲いいんだね、テニス部」 「アーン?ったく面倒なだけだぜ。で、お前は何処まで行くんだよ」 「私は5駅先まで買い物に」 それから直ぐに電車がホームに入ってきて私が腰をあげたと同時に跡部くんも立ち上がった。 私の乗った電車はさっきの電車の混み様ほどではなかった。この駅で降りる人が多かったからだろう。 私は空いた席を探しキョロキョロとしなければないと思っていたけれど案外簡単に見つかって、腰を下ろした。 跡部くんが変に気を使ったのかどうかは分からないけれど、私は車両の1番後ろ側の2人掛けの席の窓側に、跡部くんは私の前の席に。窓に映る跡部は本を手にしていて読み始めていた。話しかけるにも前後じゃ話しかけにくいと思ったので、私も鞄の中から本を取り出し大人しく読むことにした。 電車は静かに走り続ける。私は跡部くんに倣って本を読んでいたのだけど、やっぱり気になるのは前の席の人物で。 普段は生徒会長だのテニス部部長だのやってて有名人で、去年は同じクラスだったけれど数回しか話したことはなかったから、出会った時、私のことなんて知らなかったと思っていたから、声をかけられて逆に驚いてしまった。跡部くんの周りには有名なテニス部関係の人や、学校中でかわいいと評判の高い女の子たちの取り巻きで私の近づけるスペースなんて1ミリもなかった。遠巻きにその様子を、ただ羨ましいというように見つめるしかなかった。ああ、私もあの中に入れたらなんて夢のようなことまで願うようになっていた。だからこんなに近くに居るはずの無い人間だからこ、そ私は緊張しているに違いない。だから気になって仕方ないんだと認識した。結局、本に集中出来ないで何度もチラチラと、窓に映る跡部くんを見てしまう。万が一目があったら笑い返すしかない。 《次は〜》 車掌が次の駅に着くことを車内中に告げた。電車は確実に一駅ずつ進んでいるので、後一駅で跡部くんは降りてしまう。 そんなことを思いながら窓に映る跡部くんを眺めていたら、跡部くんは本を片手にうつらうつらと転寝をしていて、学校でしっかりしているという印象のついた有名人の見れない部分を見た、そんな気がして少し嬉しくなって微笑ましくて小さく笑ってしまった。 その後5分もしないうちに電車はホームに着いてしまい、気付けば転寝をしていた筈の跡部くんも起きていて、軽く伸びをして立ち上がり、私が後ろに居たのを気にも留めず席を後にしていく。彼の後ろの席からその一部始終を見て、彼が降りるのを感じて本に目を落とした。私に何の挨拶もなく出て行く彼を薄情だとか思ったわけじゃないけれど(別に仲がいいわけじゃないからむしろそれが当然のことで)、少し寂しい気持ちのまま発車ベルが鳴るのを待った。 その時。 「じゃあな」 と、いきなり後ろから頭をコツコツと指先で2発叩かれ、跡部くんがそう告げて電車を降りて行った。 「ま、またね!」 降りてしまったと思っていた私は驚き、慌てて手を振り替えした。降り際の跡部くんは私の慌て様を見て小さく笑った。 実際、私の席の後ろのスペースには何人かの人がいて、私にたった一言声をかけるだけの為に、あの跡部くんがその間を掻き分けて来てくれただなんて。その嬉しさに頬を染めて浸っていると、隣に座るのおばさんが“最近の若い子はいいねぇ”とか言って笑いかけて来た。とりあえず恥ずかしさに笑い返すしか出来なくて慌てて本に目を落とし、その後はとにかく周りからの視線を気にしないフリをするのに必死だった。 その所為なのかそうではないのか発車した電車で、もうなんだか本を読む気になれなくて本を閉じて窓の外を眺めていた。 窓の外の風景は流れるように去って行き、気付けば跡部くんの降りた駅は見えなくなってしまっていた。 「私のことなんか・・・気にしなくてよかったのに」 そう吐き出した言葉とは裏腹に、残った彼の温もりを感じて口元は緩んでしかたなかった。 06/5/6 |