「寒い」
「あーん?」

マフラーに埋めた口で訴えかけても、前を歩く人物は気遣って振り返る素振りも無い。ただ白い息を吐きながら黙々と私と同じ道を、私より2歩ほど早く歩いていた。

「寒いって言ってんの」
「俺だって寒いんだ、我慢しろ」
「なら断れば良かったじゃない!」
「お前が話があるって誘ったからこうして歩いて帰ってやってんじゃねぇか!」
「一緒に帰ってって頼んだけどそう言われるんだったらもういいよ!」
「あぁ?」
「跡部と二度と一緒に帰らないから!!」
「お前が文句を言い出したくせに人の所為にするのか?」
「全部、全部あんたが悪いんだよ!」

通学路が一瞬にしてシンと静まり返った。大勢の生徒たちが私たちに注目していたのははじめから気付いてたけど、ここまで注目されると気分が悪い。 私は跡部の彼女ではないけどよく話したりするし、女の子でも跡部にこんな口を叩けるのは多分私だけで、そのこともあってか他の女の子たちより仲が良いのは認める。 跡部はモテるくせにテニス一筋で女の子達のファンに対して特に興味を示さないから、こうしてたまたま近くにいるだけの私が妬まれて当たられて痛い目を見てるんだ。 でもそのせいで嫌がらせを受ける対象になるなんてまっぴらごめんだっていう話。私は何も悪くない。

「で、話ってなんだ?」
「私はあんたの何なのよって言いたいわけ」
「何ってどういう意味だ?」
「私は跡部の友達じゃ駄目なんだってさ」
「は?・・・また奴らと何かあったのか?」
「跡部と一緒にいるのが気に食わないって言われた。でもさ、クラスメイトだから仕方ないっていうのにね」

跡部の言う奴らっていうのは跡部のファンクラブの女の子たち。こういういざこざはもう何回目か。 しょっちゅう呼び出されてはあんた、跡部様のなんなのよ!って言われるから、友達だって言い返したらと、跡部様はみんなの跡部様なのよ?!女の友達とかありえないわ!とか返されるし(なんだそれ)、 私からしたらあんたたちだって跡部のなんなの?とファンの子に聞き返したくなる。余計面倒が増えるだけだから敢えて何も言い返さないけど。

「要はそうじゃなくなりゃ良いって話なんだろ?」
「?どうするの?」
「手を出せ」
「手?はい。これでどうなるのよ」
「こんな関係ならいいんじゃねぇの」

ぐっと引っ張られて跡部の傍に引き寄せられて、おでこにキスを喰らった。私たちの周りにまだ生徒が大勢居て、その中からどよめきと女の子たちの悲鳴が聞こえる。 余りに急すぎて何がなんだか分からないまま、へ?と気の抜けた声を出して跡部の顔を見上げると、口元を吊り上げて笑っている。

「光栄だろ?」
「・・・っていうかこれはどういう状況?」
「ああ、彼女ってことにしといてやるってことだ」
「彼女って・・・しかも私に選択権はないの?」
「俺様以外の人間なんて選ぶまでもねぇだろ」

跡部は私を掴んでいた手を指のほうへと繋ぎ直して歩き始めた。周りは一層騒ぎ立て、女の子たちの視線から殺意を感じる。でも跡部は一切気にしてない。

、寒いからさっさと帰るぞ」
「あ、うん」

予想外の展開に未だ頭がついていかないまま、引っ張られるように歩く。周りの様子からすぐに学校中に広がり、明日には大々的にこの様子は騒がれるのだろう。まいった、どうしよう。 けれど、それよりも繋がれた手とか言われた言葉とか、全部がやけに嬉しくてにやける口元をマフラーで隠してみたりした。



冬の熱に酔う




(07/2/26)